2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧

新旧スター

キハ183系「オホーツク」は石北本線内の高速化が遅れているため、「北斗」「おおぞら」「宗谷」「カムイ」に比べて非常に地味な印象がある。高速化が実現されていないため旧式のキハ183系初期タイプで運用。グリーン車も半室構造である。 反面スラント…

滝川駅~根室本線起点駅

滝川駅の思い出は、小学校4年生の時。鉄道好きの友達と写真を撮りに行った。「L特急いしかり」「711系電車」などを写して、三番館デパートの食堂でカレーライス(アルミ製の食器!)を食べたのを思い出す。当時は函館本線を走る列車ばかりに目が行った。…

C10-8号機

C10-8号機。学生時代に訪れた写真だ。どう、この力強いリベット!! 先日、テレビで大井川鉄道の旅行番組が放映された。そこで...リアス号が大井川に来ていることをはじめて知った。余生を過ごすにはもってこいの環境。他の多くのSLとともに末永く…

道庁赤レンガ前

金、土、日と札幌に出張、缶詰状態だった。ホテルから会場へ向かう朝のひと時だけが自由時間...ふらっと道庁周辺を散策して見た。すると... 老朽化したビルやホテルが取り壊され通りの両サイドが空き、赤レンガ庁舎が大きく見えるようになったのに気が…

寝起き

さて、我が家であるが、3兄弟の長男=寝起きが悪い、二男=寝起きが良い、3男=寝起きが悪い。二男は早起きなので布団でふざけて「いも虫~」と遊んでいる。3男はうつぶせ寝のまま芦だけ出して寝ている。子供3人で川の字で寝ているのでそれぞれの個性が…

ヒルネ14系急行

かつて運用されていた北海道の急行列車に「天北」「宗谷」がある。客車急行であること、寝台車を編成に組み込んだ昼行列車であること、DE-10型ディーゼル機関車の重連であること。私のとても好きな要素を満載した列車だった。「オハネ14-500」「…

鉄路の果てるところ

1987年、かねてより興味のあった「札沼線」の終点を目指した。札沼線の名前の由来は「札幌」と「石狩沼田」を結ぶ鉄路。全線がつながった時期は本当に短い、隠れ悲運の路線だ。 21世紀の現在では、新十津川が終点ではあるが当別町以北は列車本数が極端…

不確かなもの、確かなもの

いきなり下手糞な写真ですみません。ブレているは、ピントは外しているはで... 遡る事30年前の小学校・修学旅行の写真です。カメラは「フジカ・デート」!! この1週間、家族のビデオテープの記録をDVDに収録することに熱中していました。「mini-DV…

旭川の街(2)

宮下通り、4条通り、大雪通り。そして1条通り。旭川にも「通り」がたくさんあります。旭川駅から1本北の通りの一番西のはずれに「日本醤油工業」の社屋があります。古い家屋の多い旭川でも特に気になるのがこの建物。中心部に位置しながらも1条通りのこ…

旭川の街

旭川に出張で行って来ました。といっても、6日、7日の2日間なので少々前ですか... 丁度雪まつりが開催されていたので、見物がてら以前お世話になった酒屋さんに立ち寄った。少なくともご主人・奥様とも15年はお会いしていなかったので、少々不安を感…

もう2月ですが

もう2月ですが、大晦日の写真ができたので...仕事場の神棚です。商売繁盛を願って、大き目のゴボーです。 注連縄をよじって紙垂を挟み込むのですが、結構力が要ります。職人さんに感謝、感謝。

消防団の誇り

全国各地で非常備ながら防火・消化のために活躍する消防団。札幌市出身の自分にとっては街の規模が大きく身近な存在ではなかった。芦別に住み、消防団の存在を間近に感じることができた。 芦別市常磐町の火の見櫓。鉄骨の建造物はやはり格好が良い。朱色塗装…

とほほな映画って...

つい先日のニュースで「とほほな映画」第3位に「宇宙戦艦ヤマト復活編」が選ばれたというニュースを見て悶々とした気分を味わった。商売として映画にランクを付けるのは致し方ないのだが、映画館が身近な存在で無くなった今だからこそ、「先入観」は怖いも…

超望遠遊び

デジタル一眼数ある中でも、フォーサーズ規格は正直いって遊べます。それは、「合体遊び」です。既に中年となった昭和40年代前半生まれ世代にとって、「合体」は遊びの王道だ。合体ロボット、合体基地、合体マシン。枚挙に暇が無いほどだ。そして、合体す…

芦別市常磐町・班渓神社

芦別開墾の地・常磐町。明治27年設立なので芦別最古の神社である。現在の社殿は昭和42年建立なので自分と同じ年。 商店街としての常磐町は既に消滅寸前の状況であるが、地域の団結力は「開墾の地」としての誇りからか大変強い(らしい)。さすがである。立…

追うもの・追われるもの

2種類の足跡。追うもの・追われるもの。食物連鎖を垣間見た早朝の雪原。(OLYMPUS OM10)

炭鉱鉄道の廃トンネル

芦別の街は炭鉱があった頃が最盛期なので、芦別に在住8年といえ、賑わいというものを知らない。三井芦別鉄道については、炭山川橋梁のディーゼル機関車と石炭車が有名であるが、鉄路の跡はレールが撤去されておりその名残は路盤程度しかない。 国道38号線…